深夜にメールを送ることはマナー的にどうなのか考えてみた
先日、いまさらそのような、あたりまえなことを、あらためて考え直す機会に遭遇しました。考えをまとめてみると、案外「そう言うもんでしょ」的な各自の感覚論・ニュアンス論ではないものが見えてきました。 今回はそんなあたまのなかを展開してみたいと思います。(約7分30秒な記事:約3,800文字)
前置きとして
- 今回のメールが指すところは、PCベースな電子メールとします。
- ケータイのショートメッセージやLINEやそのたメッセンジャーによる送受信は含みません。
- 用件の方面はビジネス向けなこととします。
とある深夜に受信するステップメールのできごとから
とあるセミナーに申込をしました。その後イベント事前のステップメールが届くようになりました。このメール毎日0:00に配信されているようです。そこからも、ステップメールの何らかの配信システムからであることがわかります。
さすがに深夜に毎晩はどうなの?
セミナーの主催される方は、全くの見ず知らずな訳でもありません。メッセンジャーなどでも繋がりのある方です。ということで、その辺りを確認してみることに。
結局は価値観の違いに落ち着く
メルマガ配信のセオリーな時間帯、読まれやすい時間帯、それ以前にマナーの感覚として、深夜の配信は如何なものかを聞いてみました。 結局は、その方が考えた上での深夜配信であること、そして「価値観の違い」に尽きるとの着地点でそのチャットでは落ち着きました。
深夜にメール配信は一般的にはどうなのかをあらためて
これは「価値観の違い」という、道徳の時間的なものなのだろうか。普段からネットを如何にビジネス活用するかに取り組んでいる身としては、どうにも釈然としません。おそらく今後もこのような違和感を抱くケースと遭遇するのではないかと思いました。 これは価値観やフィーリングの問題では済んでいかないのだろうと。
ネット上の一般的な見解を探ってみる
「深夜にメール」のようなマナー面も絡むような話なので、いろいろな見解がネット上にもあがっています。それらをあらためて見直してみることにしました。その中からいくつかを辿ってみます。
ネット見解1:Web担当者の観点(結果的な迷惑行為での信頼失墜に注意)
Web運営のご意見番として私もよく拝見しているWeb担当者フォーラムでも、メールマガジン配信のポイントのひとつとして挙げられていました。
2-1.早朝・深夜は避ける 一般的に早朝や深夜と思われる時間に配信を行ってしまった場合、ユーザーの生活の邪魔をしてしまうことになりかねません。配信される情報がユーザーにとって有益な情報であっても、配信したこと自体が迷惑な行為につながってしまうのです。配信する企業やサイト自体の信頼を失ってしまう可能性もありますので、配信時間には十分注意しましょう。
このニュアンスが自分が抱いている感覚にいちばん近かいかな。 ビジネス的なニュアンスのものでの、遅い時間帯の連絡は、進行そのものがまわっていない感を伝えてしまうと感じています。 それは負のスパイラルの伝搬に繋がると思います。総じてよい印象は与えられないと考えています。
こちらの記事の感覚も総じて近いものだと思いました。
ネット見解2:そもそもメールに時間帯など関係ない
続いて、おしえてGoo に行き着きました。なるほど、”電子メール”だもんね。ここにあがっている本来の”電子メールの用途”と考えれば時間帯という概念自体がナンセンスとも思えます。
外資にいたら、こっちの昼間は、むこうの夜中、こっちの夜中は、むこうの昼間。深夜、早朝、関係ない。
確かに、普段、急ぎの業務連絡で夜中にメールがあったり、プロジェクトの進行連絡が夜中に届いたとしてもそれは迷惑と感じません。
これをみてひとつ思い出しました。昔は夜な夜なダラダラとメーリングリストでやりとりをしていたこともよくありました。むしろ迷惑と思うどころか、楽しんでいたなと。
ネット見解3:モバイル端末の場合はよく思われない傾向
女性のフィーリング的なところで、Girls Channel のトピックスが出てきました。
Girls Channel のトピックスを見る限りは、非常識ではないか?と言う意見に傾いているように見受けられます。そしてこのトピックスの場合は、今回の前置きからやや外れた、モバイル端末的な見識が多めのようです。
考察1:メール受信の端末が変ったこともひとつの要因
ここまでの見解をながめていくなかで、ひとつに、端末の変遷がニュアンスのズレをつくり出していることに気付きました。
元来、電子メールはPCでメールソフトを起動して、受信ボタンを押したらやってくるものでした。 しかしそれはもう遠い昔の話であり、いまでは当たり前のようにスマホに受信され、受信されれば通知やプッシュのアクションがなされます。
端末と自分の時間との直結がもたらす不快感
スマホのネイティブ化は我々が無意識のうちに辿っている端末の遷移です。 手元で様々なことが処理できるようになり、様々な確認もスムーズになりました。これは、PCだけでモノゴトをこなしていた時代ではありえなかった、「端末と自分の時間との直結」でもあります。
そのため、寝ているときに通知を受けて、気分を害するなど、自分の時間を侵食されるケースにも繋がるのでしょう。また、PCで受信している頃であれば成立していた、確認するための「かまえ」もなくなってしまったと思います。いつでも通知が入るようになったこの時代には、自分の意図したタイミングなど関係なくモノゴトがやってきます。 そう考えると、受信ボタンを押すと言う行為は、案外都合のよい行為だったのかも知れません。 総じて「端末と自分の時間との直結」 は、「PCだから時間は関係ない」という概念を、ある意味で成り立たたせなくなったのだと思います。
考察2:深夜のコネクションは「関係性の合意」によるのかな
端末環境とはまた別に、ひと通りのネット見解を眺めているうちにこんなことを思いました。
皆さんも経験があるかもしれませんが、深夜に届いても、業務メールであったり、昔々ならメーリングリストの意見交換であれば、不快感を抱くことも少なかったり、仕方ないなで済んでいきます。それが、ステップメールやメルマガなどの場合はなぜデメリットな感覚を来すのかー。
送り手と受けての合意形成があれば問題にはならない
これは送り手と受けての関係性によるものなのだと頭の中でまとまりはじめました。プロジェクトの相手と自分、メーリングリストやコミュニティの中にいる自分、そしてその関係の中においては、暗黙の了解のタイミングを許容している。 この条件が成り立っている場合、デメリットな感覚は発生しないのではないだろうか。
受け手として置かれる位置も関係する
そしてメルマガやステップメール、システマティックに仕込まれたメールなどの場合、どこか無機質感が伝わります。その中では、不特定多数の中のひとりの自分と扱われる。そして不意なタイミングに訪れる。 これらがデメリットな感覚を起こす要因なのではないだろうか。
さらに前述の時代背景も伴い、スマホなどのモバイル端末を経由して、直接「自分の時間」のなかに投げ込まれてくる。これが一層のバイアスをかける。
このようなロジックが成り立つののかなと言う考えに至った。
まとめ:結局は関係性をうまくつくりあげること
長々となってきたところですが、話は最初のできごとに少し戻ります。 「価値観の違い」としてチャットは落ち着いたものの、そのやり取りの中でこんな対応を提案されていました。
「なら、これから、このステップメールは夜中に届きますって一文入れるね」
ひと通り先の考察が頭の中でまとまってからこのセンテンスの意としていることが大変く秀逸だったことをあらためて気付いた。 結局はメールも、コミュニケーションのひとつの手段でしかないわけです。どんな情報伝達でも相手との関係性が明確になっているかどうか、その温度差がどれくらいなのか、結局はそこに収束するものであると頭の中でまとまってきました。
さいごに、メール送信の基準を表まとめで貼っておきます
メールを送る、IT端末を介してコミュニケーションをする場合、送り手となるときにはこんな基準で考えればよいのではないかと至った2016年の頭頃でした。